およそ13時間後にはメジャーリーガーとして米国の地を踏む。「帰りの便が決まっていないのは初めてですね」。出発ゲートに入る直前、小笠原はほほ笑んだ。これまで自主トレで何度か海を渡っているが、いつもは帰りのチケットも持っていた。憧れとしていた場所が、生活、そして勝負の舞台になる。
小学6年のとき、家を出るのは午前8時15分と決まっていた。「だいたいBSでメジャー中継が始まるのが8時5分。せめて10分だけでもと、ギリギリまで見ていました」。テレビの中には松坂大輔がいた。イチローがいた。松井秀喜がいた。黒田博樹がいた。それから15年のときを経て、自分が向こう側へ歩みを進めようとしている。
ドラゴンズで過ごした9年間、眠れぬ夜は何度もあった。神奈川・東海大相模高のエースとして夏の甲子園で全国制覇を果たし、ドラフト1位で入団。理想に現実が追いつかないという苦しい時間も多く過ごした。2020年オフ。「次の年だめなら、いよいよクビだなと。もし最後になるとしたら、好きな人と練習して、思う存分野球やって、それでダメなら仕方ないと思って」。沢村賞に輝いた大野に自主トレをお願いした。そこには田島もいた。「本気でお願いしたので、みなさんも本気で練習を見てくれた。球が強いんだからもっとアバウトで良いと言われたことが一番大きかった」。その年から4年連続で規定投球回をクリアし、夢への階段を上り始めた。
鼻っ柱は強いが、人に影響されることをいとわない柔軟さがあった。すると、小笠原慎之介という人間に、いろんな投手の「心」が加わっていった。大野からは己を信じる意思を、田島からは大胆さと繊細さを、柳からは闘争心と向上心を、涌井からは執念と冷静さを―。「みんな頼もしくてたくさんの刺激をもらいました」。並べ切れないほどの先輩、後輩から影響を受けて、今の小笠原がいる。
